医学書・医学辞典の翻訳の実際
Junji Eguchi
21 February 2007

1.医学辞典の翻訳の実際
●ステッドマン医学大辞典
日本語版 最新 第5版(原著27版)
* 2005年に原著第28版が刊行され,現在それに基づいて日本語第6版の改訂作業中。(2007年末刊行予定)
書籍の他にCD-ROM,電子辞書としても販売されており,また略語辞典,ナース版(Concise edition)も刊行。* 改訂作業の実際について話をさせていただきましたが,“企業秘密”に関わる部分も含まれますので,インターネット上での紹介は割愛させていただきます。悪しからずご了承ください。

2.医学書の翻訳の実際
従来は「監訳者」が医局員などに割り振っての分担翻訳が主流でした。しかし,基本的に医師は翻訳には素人なので,
- 担当者によって翻訳の質にバラつきがあり,
- 往々にして「監訳者」は原稿を眺めるだけとなり,
- 訳語の統一なども編集部の仕事となって負担が大きい
といった問題点があります。また,従来は「監訳」としてその分野の権威の名前を掲載することが売れ行きにも影響しましたが,最近は読者も“ネームバリュー”よりは本の内容を重視する傾向にあり,翻訳書の場合は訳文の質も問われる傾向にあります。
そのため現在では,信頼できる翻訳者に依頼して,編集部が訳文をチェックした上で「監訳者」には医学的内容の監修だけを依頼するという試みも行っています。
(1)編集者の本音
編集者の立場として上記の2種類の翻訳作業を比較すると,おおまかに下記のような傾向が感じられます。
- 医師が翻訳した場合
→誤訳を見すごすことがある
(基本的な内容は理解できているので,誤訳した場合でも訳文の辻褄を合わせてしまうことがある)。- 翻訳者が翻訳した場合
→誤訳が見つけやすい
(誤訳した場合,日本語として不自然になる)。(2)編集者が翻訳者に求めるのは natural Japanese !
ビジネス翻訳の場合,原文に含まれている情報をすべて確実に伝えるために,多少不自然な訳文も許容されますが,出版翻訳の場合は“訳文の質”が求められますので,日本語として自然な訳が求められます。
“不自然な訳”を避けるためのポイントをいくつかご紹介します。1)自然な語彙・その1:「直訳」と日本の専門用語が異なっている例。
- valvular heart disease
×弁膜性心疾患 ○心臓弁膜症- rheumatoid arthritis
×リウマチ性関節炎 ○関節リウマチ
* 以前は「慢性関節リウマチ」でしたが,最近,学会の用語として「慢性」がとられました。- upper gastrointestinal bleeding
×胃腸上部出血 ○上部消化管出血
* 「胃腸」は専門用語としては用いられません。2)自然な語彙・その2:辞書や用語集に載っていても安心はできません。
- revascularization
×血管再生術 ○血行再建術
* 「血管再生術」は辞書にも載っていますが,再生医療の進展に伴って「幹細胞移植等によって実際に新たな血管をつくらせる」という意味合いに代わってきていますので,混同を避けるために,「血行再建術」とするほうが無難だと思います。- bradycardia
×徐拍 ○徐脈
* 対語のtachycardiaについては「頻脈」「頻拍」ともに用いますが,なぜか「徐拍」はペースメーカーに関連する記述以外ではほとんどみたことがありません。「自然な語彙」の定義は何かと問われれば,「専門家の間で馴染んでいることば」としか答えはありません。当日のディスカッションでも言及されましたが,専門用語にもその時代ごとの「流行り」がありますので,10年前には普通に使われていたことばでも現在では適切でないものはたくさんあります。「精神分裂病」→「統合失調症」,「痴呆症」→「認知症」などの変更は学会で決議され報道もされましたので比較的よく知られていますが,それ以外にも多くの例があり,編集者でもすべてを把握できているわけではありません。原稿に書かれているのを読んで疑問を抱き,著者に確認して初めて知るということがよくあります。
翻訳者の皆さんへのアドバイスとしては,日本語の専門誌をなるべく多く読んで,つねに最新の傾向を把握しておくことが大切だと思います。(専門誌の論文とはいっても常に“よい日本語”で書かれているわけではないのが実情ですが,これも数をこなして自分のセンスを磨く以外に対策はないでしょう。)3)自然な訳文
- be characterized by ...
× …によって特徴づけられる ○ …を特徴とする- A, or B, (octreotide, or a somatostatin analogue, ,,,)
× …または… ○ …(B)である…(A)
*“or”は,(1)2つの異なるものを併記するために用いられる場合と,(2)言い換えないし説明をするために用いられる場合があります。カンマが付いた“, or”は(2)のパターンが多く,これを単純に「または」とすると誤訳になってしまいます。例に挙げたoctreotideはsomatostatinの類似体ですので,「ソマトスタチンの類似体であるオクトレオチド」が適訳となります。4)おまけ
- decade of lifeの訳
the sixth and seventh decades of life
×60代と70代 ○ 50代と60代
* 日本語でいう「○十代」と似ているために,つい誤訳してしまうことが多いパターンです。0〜9歳がthe first decade,10〜19歳がthe second decade …ですので,注意が必要です。

3.医英検 第1回パイロット試験のご案内
* 編集者としての業務とは別に,日本医学英語教育学会の事務局を兼務している関係で,2007年4月に予定されている「医学英語検定試験(医英検)」の第1回パイロット試験について案内させていただきました。
(1)医英検とは
医学英語検定試験(Examination for Competency in English for Medical Purposes)の略称で,日本の医療・医学の国際化を普遍的に推進することを目的に,実践的な医学英語の技能,
- 英語で医学・看護・医療技術を読み・聴き・話す
- 英語で医学・看護・医療技術を学び,それぞれの活動に生かす
を総合的に評価する全国規模の試験制度です。
(2)受験対象
特に制限はなく,医学・看護・医療技術関係の従事者・医療通訳者・教育者・学生,出版・教育などの分野に携わる方々など。
(3)等級と難易度
1級 医学英語教育従事者
2級 英語で論文発表・討論ができる
3級 英語で医療に従事できる(研修医・看護師・医療技術者)
4級 医学・看護学部在学生・医療系大学卒業段階* パイロット試験では3級と4級のみの試験を実施します。
(4)設問形式
リーディング(90分間),リスニング(3級のみ,30分間) ,合計2時間のマークシート方式の一斉客観テストです。
(5)結果
今回はパイロット版のため,全受験者における順位等をお知らせする予定です。
(6)試験日時
2007年4月15日(日)午後2時〜午後4時
(7)試験会場
関東: 東京慈恵会医科大学
近畿: 兵庫医科大学
北海道: 旭川医科大学(受付終了)(8)受験料
無料(パイロット版のため)
(9)申込〆切
2007年3月15日(木)
(10)申込方法
(11)問合せ先
e-mail: jasmee@medicalview.co.jp